3 ヤマトの力が柏に!(弥生・古墳時代)

 


鉄製短甲(背惻)
花野井大塚古墳出土(柏市教育委員会所蔵)
「これは花野井の古墳から出土した 鎧 ( よろい ) だそうね。」
「そうだよ。鉄剣とともに出土したんだよ。」
「古墳時代に前方後円墳や短甲や鉄剣を持った有力者が柏の地にも現れたんだね。」

 

⑴ 弥生時代

 

日本で本格的に水田稲作をはじめたのが弥生時代です。土地を耕して食料を生産する生活は,やがて貧富の差を生み,支配するもの・支配されるものが生まれ,クニができました。また,金属器も伝わり社会を大きく変えていきました。

房総を含めた南関東でも西日本と同様に水田稲作が行われたかどうかは不明ですが,イネを知り,食料・の一部としていた可能性は考えられます。柏市内の弥生時代の遺跡は発見例が少なく,いずれも弥生後期で,1軒の住居は大きく,集落にな・るともっと大きくなっています。

石枕・布施弁天古墳出土
(柏市教育委員会所蔵)

中馬場 ( なかばば ) 遺跡59号住居跡出土
弥生式土器縄文土器との
形の違いに注目
(柏市史原始・古代中世編」

 

⑵ 古墳時代

3世紀の後半になると, 大和 ( やまと ) 地方 (奈良県)を中心に定型化した大型の前方後円墳が出現しました。前方後円墳は, 大和 ( やまと ) 政権がリーダーシップをとり,集団(地域国家)をこえた共通の文化的シンボルを浸透させたものです。

地方の首長たちは 大和 ( やまと ) 政権のリーダーシップを認め,自分が仲間であることを証明するために前方後円墳をつくり,連合内の力関係を古墳の大きさに反映させたと考えられます。

北 ( きた ) ノ 作 ( さく ) 1号古墳出土遺物
孔(あな)があけられており赤く塗られています。
祭礼用呪術性 3世紀後半〜4世紀前半(『千葉県の歴史資料編考古2」より)

花野井大塚古墳出土遺物実測図
鉄製品に注目 5世紀後半(『千葉県の歴史資料編考古2」より)

 

千葉県は全国で1番多く前方後円墳があり,手賀沼周辺の台地上には前方後円(方)墳をはじめ,多くの古墳が分布し, 大和 ( やまと ) 政権とのつながりが想定できます。

5世紀になると 大和 ( やまと ) 政権の大王墓と思われる巨大古墳( 大仙 ( だいせん ) 古墳)が大阪平野にあらわれます。

 

⑶ 「 総 ( ふさ ) 」の国の様子

古墳時代,千葉県のほとんどは「総」の国と呼ばれ,次のページの地図にあるように11の 国造 ( くにのみやつこ ) (古代の氏姓制度で定められた地方を治める役人の長官)が 大和 ( やまと ) 政権から氏姓制度に基づき「 姓 ( かばね ) 」を与えられました。 上総国 ( かずさのくに ) の 国造 ( くにのみやつこ ) の 姓 ( かばね ) は「 臣 ( おみ ) 」(有力豪族の姓)が多いが, 下総国 ( しもうさのくに ) は広い地域に「千葉」「印旛」「 下海上 ( しもつうなかみ ) 」の3つの 国造 ( くにのみやつこ ) しかなく 姓 ( かばね ) も「 直 ( あたえ ) 」(大和政権に服した一般の地方豪族の姓)です。このことから,大和政権の支配は上総から下総へと進められたことがうかがえます。

柏を含む東葛地域には 国造 ( くにのみやつこ ) の存在は確認されていませんが,大規模な古墳分布から有力な首長がいたと考えられます。

 

古墳分布と国造治定領域
(松戸市立博物館「常設展示図録」より)

 

左・呼塚遺跡土器  右・呼塚遺跡土器遺物集中地点出土状況
現在調査中の呼塚遺跡から出土した土器(平成27年)

 

歴史に挑戦

 

古墳時代前期( 北 ( きた ) ノ 作 ( さく ) 1号古墳)と古墳時代中期(花野井大塚古墳)から出土した副葬品からちがいを考えよう。